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東京地方裁判所 平成9年(行ク)84号 決定 1997年12月05日

申立人 株式会社住宅金融債権管理機構

相手方 東京国税局長

主文

一  相手方が平成九年一月二一日付けでした別紙一物件目録記載の土地に係る売却決定を前提とする換価手続の続行は、本案事件の判決が確定するまでこれを停止する。

二  申立費用は、相手方の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申立ての趣旨

主文同旨

二  相手方の意見

本件申立てを却下する。

第二事実の経緯

本件及び本案事件の記録によれば、以下の事実が一応認められる。

一  申立人は、特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法二条二項に規定された特定住宅金融専門会社(以下「特定住専」という。)から譲り受けた貸付債権その他の財産の管理、回収及び処分を主たる目的として設立された株式会社である。

二  特定住専の一つである地銀生保住宅ローン株式会社(以下「地銀生保」という。)は、平成二年六月二〇日、吉村一義(以下「一義」という。)に対し、最終弁済期を平成三年六月一九日、利息を年八・八パーセント(ただし、長期プライムレートを基準とする変動金利)、遅延損害金を年一四・四パーセントなどとする約定で、五五億円を貸し付け(以下、この貸付けを「本件貸付け」という。)、一義の父である吉村一郎(以下「一郎」という。)及び一義の祖父である吉村甚五郎(以下「甚五郎」という。)は、平成二年六月二〇日、地銀生保に対し、一義の本件貸付けに係る債務を連帯保証した(以下、この各連帯保証契約を「本件各連帯保証契約」という。)。

三  地銀生保は、一義が本件貸付けに係る債務の履行を怠ったことなどから、本件貸付けの元金五五億円に係る一郎及び甚五郎に対する本件各連帯保証契約に基づく連帯保証債務履行請求権の内金各一四億円の執行を保全するため、平成三年九月一三日、当庁において、別紙一物件目録記載の各土地(ただし、一郎及び甚五郎が各二分の一の持分を有するもの。以下「本件各土地」という。)について仮差押決定を受け、同月一七日、その仮差押えの登記がされた。

四  一義、一郎、甚五郎は、平成三年、地銀生保に対し、本件貸付けに係る債務の不存在の確認を求める訴えを当裁判所に提起したが、地銀生保は、その訴訟において、右三名に対し、本件貸付けに係る債務の履行を求める反訴を提起し、平成八年一〇月三〇日、地銀生保の反訴請求をすべて認容する仮執行宣言付き判決が言い渡され、右三名は、地銀生保に対し、連帯して、残元本四二億二六九三万五〇〇〇円、確定利息二億六一〇〇万一三六九円及び確定遅延損害金七億六八一三万一五〇六円の合計五二億五六〇六万七八七五円並びに右残元本に対する平成四年六月二七日から支払済みまでの約定の年一四・四パーセントの割合による遅延損害金を支払うよう命じられた。

五  申立人は、右判決に先立つ平成八年一〇月一日、地銀生保から本件貸付けに係る債権及びこれに付随する一切の契約に基づく権利を譲り受け、一義に対し、同月三日同人に到達した内容証明郵便により、右債権譲渡を通知した。

六  相手方は、一郎及び甚五郎に多額の未納国税があることから、平成七年六月六日付けで本件各土地を差し押さえ、同月九日付けで、その差押えの登記がされた(一郎の同月六日現在における滞納税額は五四四九万七八二〇円、甚五郎の同日現在の滞納税額は三一四五万九一五〇円である。また、一郎の平成九年二月二一日現在における滞納税額は三億六七七九万五三六八円であり、甚五郎の同日現在における滞納税額は一億三〇九一万六三二六円である。)。

そして、相手方は、換価のため、本件各土地の見積価額を合計六億四一〇〇万円、買受人の資格として、本件土地が農地であることから買受適格証明書の提出を要することなどを決定し、平成九年一月一四日、本件各土地を公売に付したところ、入札者は、一郎の妻吉村榮子(一義の母。以下「榮子」という。)のみで、その入札価額は見積価額と同額の六億四一〇〇万円であった。

その結果、相手方は、同月二一日、本件各土地を六億四一〇〇万円で榮子に売却する旨の売却決定(以下「本件売却決定」という。)をした。

七  申立人は、本件売却決定を不服として、平成九年一月二一日、相手方に対し異議申立てをしたが、相手方は、同年三月三一日これを棄却する旨の決定をしたため、申立人は、さらに、同年四月一〇日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、同年一二月二日付けで、右審査請求を棄却した。

八  申立人は、右審査請求の日の翌日から起算して三月を経過した後の日である平成九年八月二八日、本件各土地の売却価額が不当に低廉であることなどを理由として本件売却決定の取消しを求める本案事件を当庁に提起した。

第三当事者の主張

一  申立人の主張

別紙二記載のとおり

二  相手方の主張

別紙三「意見書」記載のとおり

第四当裁判所の判断

一  申立人が本案事件について原告適格を有するか否かについて

前記第二の八記載のとおり、申立人は、本件売却決定の取消しを求める本案事件を当裁判所に提起しているところ、相手方は、申立人は本件売却決定の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者ではなく、原告適格を欠くから、本件申立てについては、適法な本案訴訟の係属がないので、不適法である旨主張する。

しかしながら、以下のとおり、申立人は、本件売却決定の取消しを求めるについて法律上の利益を有すると解すべきであるから、相手方の右主張は採用することができない。

すなわち、滞納処分は、仮差押えによりその執行を妨げられず(国税徴収法(以下「法」という。)一四〇条)、仮差押えは、滞納処分の執行によりそれと抵触する範囲でその効力を失い(法八条参照)、仮差押えの執行された不動産が滞納処分により換価され、その権利移転の登記がされる場合には、仮差押えの登記は抹消されることになる(法一二五条、不動産登記法二九条二号参照)。他方、仮差押えの執行された不動産が滞納処分により換価され、その売却代金について滞納者に交付すべき残余を生じたときは、徴収職員等は、これをその不動産に対する強制執行について管轄権を有する裁判所に交付しなければならないものとされ(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(以下「滞調法」という。)一八条二項、三四条一項、法一二九条一項ないし三項)、これにより裁判所が交付を受けた金銭は、仮差押えの執行がされている不動産を他の債権のための強制競売により売却した場合における売却代金とみなされる(滞調法一八条三項)。そして、仮差押債権者は、右売却代金について、執行裁判所が実施する配当等において、配当等を受けるべき債権者とされ、執行裁判所の裁判所書記官は、その配当等の額に相当する金銭を供託しなければならないとされているのである(民事執行法八七条一項三号、九一条一項二号)。

滞納処分における仮差押債権者の右のような法的地位にかんがみれば、仮差押債権者は、目的不動産が滞納処分における換価手続においてより高額に換価されれば、執行裁判所における配当を通じてその売却代金からより多額の債権の弁済を期待できる立場にあることは明らかであり、仮差押債権者が滞納処分において、目的不動産がより高額に換価されることを期待する利益は、単なる事実上の期待利益ではなく、法において保護された利益と解するのが相当である。

したがって、滞納処分がされた不動産について仮差押えをした仮差押債権者は、当該滞納処分における換価手続に瑕疵があるため、目的不動産が不当に低額な売却代金で換価された場合には、その売却決定の取消しを求める法律上の利益を有するものというべきであり、申立人は、本案事件について原告適格を有するものというべきである。

二  回復の困難な損害を避けるための緊急の必要があるか否かについて

1  申立人の本件申立ての理由は、要するに、本件売却決定を前提とした換価手続が進行し、買受人である榮子が買受代金を納付してしまうと、同人が本件各土地の所有権を取得することとなり、そうなると、その後、本案事件において本件売却決定が取り消されたとしても、現実問題として、本件各土地を売却前の原状に復することは不可能となるから、原告は、本件各土地の公売が適正に行われていれば回収することができた七億円以上の債権を回収することができなくなり、多大な損害を被ることになるというものである。

2  ところで、法の規定に基づく滞納処分により公売に付された不動産について売却決定を受けた買受人が代金を納付して、その所有権を取得した後、当該売却決定が取り消された場合には、買受人は、当該不動産の所有権を遡及的に失い、仮に買受人が売却決定の取消し前に第三者にこれを譲渡していたとしても、その第三者は、当該不動産の所有権を取得することができないものと解される。けだし、売却決定の取消しに伴う措置を規定した法一三五条一項二号は、右のことを当然の前提とするものであり、また、法が、動産又は有価証券の売却については、代金を納付した善意の買受人を保護する規定(法一一二条一項)をおきながら、不動産の売却について右のような規定をおいていないのは、不動産の売却については、買受人の善意・悪意にかかわらず、売却決定が取り消されれば買受人が遡及的に所有権を失うものとしていることは明らかであるからである。

しかしながら、不動産の売却決定の取消し後に、買受人から、当該不動産を譲り受けた転得者と売却決定の取消しにより所有権を回復した原所有者とは、民法一七七条の対抗関係に立つものと解されるから(最高裁判所昭和三二年六月七日第二小法廷判決民集一一巻六号九九九頁参照)、売却決定取消し後、その所有名義が原所有者に回復される前に、右転得者が所有権移転登記を経由してしまった場合には、原所有者の登記名義を回復することは法律上不可能になり、また、原所有者の登記名義を回復することが法律上可能な場合であっても、不動産の売却後には、当該不動産について一定の事実状態が形成されるのが通常であるから、当該不動産の原状を回復することは現実問題として困難な場合が多いことは否定できないところである。

したがって、法において、滞納処分に係る不動産の買受人が買受代金を納付した後であっても、売却決定が取り消されれば、法律上、売却前の法律状態が回復されることとなっているからといって、売却決定を前提とする換価手続が進行することによって、申立人のような当該不動産に仮差押えをした仮差押債権者に損害が生じる余地がないということはできないものである。

3  相手方は、申立人が本件申立てにおいて主張している損害は、単に経済的損失にすぎず、本件各土地の換価手続を続行した後において金銭賠償が十分に可能な損害であるから、回復困難な損害とはいえず、それゆえ換価手続の続行を停止する緊急の必要性もない旨主張する。

確かに、相手方が主張するように、当該行政処分の続行により生ずる損害が財産的な損害で、金銭賠償によって事後的な損害の回復が可能な場合には、通常の場合には、行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」には当たらないと解すべきである。しかしながら、行政処分の違法を理由として国家賠償法一条に基づき損害賠償を求める場合には、単に当該行政処分が違法とされるだけでは足らず、当該公務員の故意過失も要件となるから必ずしも損害賠償が認められるとは限らないし、しかも、本件の場合、申立人の主張によれば、本件売却決定を前提とする換価手続が続行されると、申立人には七億円以上の損害が発生するというのであり、その損害額は極めて高額に上り、また、疎明によれば、申立人には既に巨額の税金が投入されており、その債権の回収率が下がれば、さらに国民の税負担が必要になることが認められるから、仮に申立人に国家賠償が認められても真に損害の回復がされたとはいえない特殊な事情があるのであって、これらの事情を考慮すれば、本件については、行政事件訴訟法二五条にいう「回復の困難な損害を避けるための緊急の必要があるとき」に該当すると解するのが相当である。

三  行政事件訴訟法二五条三項の要件に該当するか否かについて

1  申立人は、本件売却決定の違法事由として、その売却価額が不当に低廉であること、本件売却決定が法九二条に違反することなどを主張しているが、申立人の主張する違法事由がおよそ本件売却決定が取り消されるべき理由にはなり得ないということはできない。そして、その主張事実の存否については、本案事件の訴訟手続において審理をしてみなければ、直ちにその請求の当否について判断することはできないから、本件については、「本案について理由がないとみえるとき」には該当しないというべきである。

2  本件売却決定を前提とする換価手続の続行を停止することによって、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは認められない。

四  結論

以上によれば、本案事件の判決が確定するまで、本件売却決定を前提とする換価手続の続行の停止を求める本件申立ては、理由があるというべきであるから、これを認容し、申立費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 青柳馨 増田稔 篠田賢治)

別紙一物件目録、別紙二、別紙三「意見書」<省略>

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